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大阪地方裁判所 平成3年(ワ)8623号 判決 1994年7月19日

原告

神影ミノエ

被告

西山輝之

主文

一  被告は、原告に対し、三〇七万〇五〇〇円及びこれに対する平成二年七月二五日から支払い済みに至るまで年五分の割合による金員を支払え。

二  原告のその余の請求を棄却する。

三  訴訟費用は、これを二五分し、その二四を原告の負担とし、その余を被告の負担とする。

四  本判決は、第一項に限り、仮に執行することができる。

事実及び理由

第一請求

被告は、原告に対し、九一六四万四九一九円及びこれに対する平成二年七月二五日から支払い済みに至るまで年五分の割合による金員を支払え。

第二事案の概要

本件は、信号機により交通整理の行われている交差点で右折した普通乗用自動車と対向直進して来た普通乗用自動車とが衝突し、右折車の同乗者が負傷した事故に関し、右被害者が右折車の運転者を相手に、自動車損害賠償保障法(以下「自賠法」という。)三条、民法七〇九条に基づき、損害賠償を求め、提訴した事案である。

一  争いのない事実等(証拠摘示のない事実は争いのない事実である。)

1  事故の発生

次の交通事故(以下「本件事故」という。)が発生した。

(一) 日時 平成元年五月二〇日午前二時四五分ころ

(二) 場所 大阪市淀川区宮原三丁目五番二一号先交差点(以下「本件事故現場」ないし「本件交差点」という。)

(三) 事故車<1> 被告が保有し、運転し、かつ、原告が同乗していた普通乗用自動車(神戸五八の九五七三、以下「被告車」という。)

(四) 事故車<2> 訴外金義明(以下「金」という。)が運転していた普通乗用自動車(なにわ五五い二六三七、以下「金車」という。)

(五) 事故態様 信号機により交通整理の行われている交差点で右折した被告車と対向直進して来た金車とが衝突し、原告が負傷した

2  責任原因

被告は、被告車の保有者であり、同車を自己の用に供する者として、自賠法三条により、原告の被つた損害を賠償する義務がある。

3  損益相殺

原告は、本件事故による損害の填補のため、被告から二一三万二四〇〇円の他、治療費として二〇八万四三二〇円、自賠責保険から一三九万円、合計五六〇万六七二〇円の支払いを受けた。

二  争点

1  好意同乗

(被告の主張)

被告は、飲酒の上、被告車を運転し、原告は、右飲酒を知りながら同車に同乗していたものであり、公平の観点から相応の減額がなされるべきである。

2  原告の後遺障害の内容、程度

(一) 原告の主張

原告は、平成二年七月二五日、左上肢挙上制限、左上肢腹脹の後遺障害を残し、症状が固定したのであり、同障害は、自賠法施行令二条別表(以下「等級表」という。)一〇級一〇号、一二級一二号、併合九級に該当する。

(二) 被告の主張

原告の左上肢挙上制限、左上肢腫脹は、いずれも乳癌による左乳房切除手術後に出現ないし増強したものであり、本件事故との因果関係はない。原告の後遺障害は、「左第五指の用を廃したもの」として等級表一四級六号に、後頭部から左肩部痛については「局部に頑固な神経症状を残すもの」として同表一四級一〇号に該当するに過ぎず、自動車保険料率算定会(以下「自算会」という。)においても、その旨の認定を受けているに過ぎない。

3  その他損害額全般(反訴原告の主張額は、別紙損害算定一覧表のとおり)

第三争点に対する判断

一  過失相殺

1  事故態様及び事故に至る経過等

乙第二ないし一三号証によれば、次の事実が認められる。

本件事故現場は、別紙図面のとおり、市街地にあり、東西に通じる片側二ないし三車線(幅員合計約六ないし八・二メートル)の道路(以下「東西道路」という。)と南北に通じる片側一車線(幅員約四・五ないし四・八メートル)の道路(以下「南北道路」という。)との信号機により交通整理の行われている交差点にある。東西道路は、制限速度が時速四〇キロメートルに規制され、歩車道の区分があり、路面はコンクリートで舗装され、平坦であり、本件事故当時湿潤していた。本件事故後、約一五分後に行われた実況見分時の東西道路の交通量は、五分間で八三台であつた。本件交差点は、夜間でも、付近の照明のため、やや明るく、東西道路の東行車線と西行車線との中間には、幅約一・三メートル、高さ約〇・九ないし一・二メートルの植込みが設置されていた。

被告は、本件事故の前日である平成元年五月一九日午後一一時三〇分ころ、スナツクサルビアでホステスをしていた下園知子「当時三二歳、以下「知子」という。)に誘われ、同店に赴き、ブランデーを一本キープし、知子及び同店のママである原告とともにボトル半分程空け、同月二〇日午前一時過ぎころ、知子、原告と共に同店を出て、付近にあるたこ焼き屋でたこ焼きを食べた後、タクシーがなかつたことから、知子及び原告を自宅まで送るため、被告車の助手席に知子を、後部座席に原告を乗せ、小雨の降る中、東西道路を時速約四〇キロメートルで西進中、本件交差点に差し掛かつた。被告は、別紙図面の<1>で対面の信号が青色であることを確認し、約二八・九メートル進行した同図面<2>の地点で知子から本件交差点を右折するよう言われたので、減速の上、約九・八メートル進んだ同図面<3>の地点でハンドルを右に切り、時速約一〇キロメートルの速度で同交差点を西から北へ右折したところ、同図面<4>の地点で対向車線を東進して来る金車を約五四・七メートル左前方に発見したが、自車の方が先に右折できるものと考え、そのまま右折を続けたところ、自車左後部を金車左前部に衝突させ、自車に左側面後部ドア、後部フエンダー等凹損、後部ドアガラス破損の損傷を、金車に車両前部バンパー、ボンネツト等凹損、左前照灯等破損の損傷をそれぞれ生じさせ、原告を負傷させた。

本件事故後である平成元年五月二〇日午前三時一五分ころ、警察官が被告の酒気の状態を検査したところ、呼気一リツトルにつき〇・三ミリグラムのアルコールが検出され、左右にふらつき歩行をし、約六秒で直立を継続できなくなり、顔色が赤く、目が充血していたことなどから、警察官は、被告が酒に酔い正常な運転が出来ない状態であると認定した。

2  当裁判所の判断

以上の事実に基づき検討すると、本件事故は、被告が飲酒により酒酔い状態であつたことが相当影響しているものといわざるを得ないところ、原告は、被告が飲酒していたスナツクのママであり、酒を勧めつつ、長時間、共に飲酒し、その後たこ焼きを共に食べるなどし、その酩酊の原因行為に加担いているのみならず、酩酊の程度についても知悉し得る立場にあつたのであり、被告が運転すれば事故が発生する危険があることを認識し得たにもかかわらず、その運転を制止することなく、自宅に送つてもらうため、被告が運転する被告車に同乗していたことが認められる。かかる場合、本件事故により原告に生じた損害の全てを被告に負担させることは、損害の公平な負担の理念に照らし相当ではないから、過失相殺の規定を類推適用し、後記本件事故により原告に生じた損害からその二割を減額するのが相当である。

二  後遺障害の内容、程度

1  治療経過及び後遺障害に関する医証の状況

甲第一号証ないし四号証の1ないし12、乙第一、第一四ないし第二〇号証、証人猿山雅清の証言及び原告本人尋問の結果によれば、次の事実が認められる。

原告は、本件事故により、左多発肋骨骨折、左血胸、左肩鎖関節脱臼、外傷性頸部症候群、左第五指基節骨骨折の傷害を負い、その治療のため、平成元年五月二〇日から同年八月六日まで及び同月二三日から同年一〇月八日まで医誠会病院に入院(一二六日間)し、同月七日から同月二二日まで、同年一〇月九日から平成二年四月一一日まで、同年六月四日から同年八月一〇日まで同病院に通院(実通院日数八六日以上)した。

その後の原告の後遺障害に関する医証の要旨は、次のとおりである。

(一) 平成二年八月二一日付け(診断日平成二年七月二五日)医誠会病院猿山雅清医師作成の後遺障害診断書

自覚症状として後頭部から左肩部痛、めまいがあり、左肩レントゲン写真、左第五指レントゲン写真上特に異常は認めず、左肋骨レントゲン写真上骨折後変化のみが認められ、平成二年四月一四日の左乳癌手術後、左上肢腫脹が増強した。原告の肩関節の可動域は、挙上制限に関する外転が他動で、健側(右側)一八〇度、患側(左側)一三〇度、自動で健側(右側)一七〇度、患側(左側)九〇度である(したがつて、患側の可動域は、健側の二分の一以下には達していないものの、四分の三以下に制限されていることになる。)。左第五指DIP伸展不能、MP他動での伸展三〇度、自動での伸展一五度。今後著明な改善はあまり望めない。

(二) 平成三年三月二二日付け(診断日平成二年七月二五日)医誠会病院猿山雅清医師作成の後遺障害診断書

自覚症状として、頭痛、後頸部痛、両上肢痛、しびれ感、眩暈があり、左肋骨レントゲン所見によれば骨折変化がみられ、平成二年四月一四日以降、左上肢腫脹が増強しており、時々右上肢腫脹がみられ、両上肢に挙上制限が認められる。原告の肩関節の可動域は、挙上制限に関する外転が他動で、健側(右側)一八〇度、患側(左側)一三〇度、自動で健側(右側)一七〇度、患側(左側)九〇度である(したがつて、患側の可動域は、健側の二分の一以下には達していないものの、四分の三以下に制限されていることになる。)。左第五指DIP伸展不能、MP他動での伸展三〇度、自動での伸展一五度。髪のはえ際に約五センチメートルの外貌醜状あり。今後著明な改善は望めない。

(三) 自動車保険料率算定会(以下「自算会」という。)の認定

自算会では、原告の後遺障害について、肩関節運動機能障害は認定基準に達しておらず、左第五指の用廃に関し自賠法施行令二条別表(以下「等級表」という。)第一四級六号に、後頭部から左肩痛等の自覚症状の訴えについて第一四級一〇号に該当すると認定した。

(四) 当法廷での証人猿山雅清の証言

主治医として、原告の病状を診てきたが、平成二年七月二五日、頭痛、後頭部痛、両上肢痛、しびれ感、さらに腫脹、眩暈が大分強く残つていた。左肩は右肩と比較し、数値的には半分に近い挙上制限がある。原告の年齢を前提にしても障害が残つていると考えられる。平成二年四月一四日、乳癌の手術をしているが、交通事故と癌との因果関係は証明できず、癌は外傷とは関係がないものと考えられる。スパーリングテスト等の検査において、陽性反応はみられなかつた。

2  当裁判所の判断

(一) 以上の認定事実に基づき、原告の後遺障害の内容・程度につき判断すると、原告は、本件事故により、左第五指の用廃及び後頭部から左肩にかけての痛み等及び左上肢の挙上制限の後遺障害が生じたことが認められ、前記伸展不能等の左第五指の用廃は「一手の小指の用を廃したもの」に当たるから等級表第一四級六号に、頭痛、後頭部痛、両上肢しびれ感、眩暈等の自覚症状は「局部に神経症状を残すもの」に当たるから第一四級一〇号に該当するものと認められ、かつ、左上肢の挙上制限については、その可動域は、健側である右側の二分の一以下には達していないものの、四分の三以下に制限されているから「関節の機能に障害を残すもの」として第一二級の六に該当するものと認められる(全体として一二級相当)。労災補償において、労働基準監督局長通牒昭和三二年七月二日基発第五五一号により、後遺障害等級一二級の場合の労働能力喪失率が一四パーセントとして取り扱われていることは当裁判所にとつて顕著な事実であること、後述する原告の年齢、職業、その他諸般の事情を考慮すると、原告は、本件事故により、労働能力の一四パーセントを稼働可能期間中喪失したものと認めるのが相当である(なお、原告は、乳癌にも罹患しているが、乳癌と本件事故との因果関係を認めるに足る証拠はない。)。

(二) もつとも、右に関し、原告は、左上肢挙上制限は等級表一〇級一〇号に、左上肢腫脹は、同一二級一二号に該当すると主張する。しかし、左肩の挙上制限は、健側である右肩の二分の一以下にまでは達していないし、左上肢腫脹について前記証人猿山雅清は、明らかな神経症状とはいえないと証言しており、他に同腫脹が局部の頑固な神経症状の発現であることを認めるに足る証拠はないから、右主張は採用できない。他方、被告は、かかる左上肢挙上制限等にが乳癌による左乳房切除手術後に増強したとして、本件事故と因果関係はないと主張するが、受傷時に左肩鎖関節を脱臼していること、また、左乳房の切除と肩関節の増悪との間にいかなる関連性があるかが不明であることを考慮すると、右主張も採用できない。したがつて、これらの主張は、前記認定を左右するものではない。

三  損害(算定の概要は、別紙損害算定一覧表のとおり)

1  入院雑費(主張額二五万二〇〇〇円)

前記認定のとおり、原告は、本件事故による傷害の治療のため、一二六日間入院しているところ、弁論の全趣旨によれば、右入院中、雑費として一日当たり一三〇〇円が必要であつたものと推認される。したがつて、その間の入院雑費は、一六万三八〇〇円を要したものと認められる。

2  通院交通費(主張額九万七二四〇円)

原告は、本件事故により通院交通費として九万七二四〇円を要したものと主張するが、右主張を認めるに足る証拠はない(しかし、弁論の全趣旨によれば、原告が前記通院に当たり、なにがしかの交通費を要したことは認められるから、この点は、後記慰謝料において斟酌することとする。)。

3  休業損害(主張額一七四〇万円)

原告は、本件事故当時、スナツクサルビアを経営し、一日当たり二万円の給与相当額の収入を得ており、また、本件事故から症状が固定するまでの間、一四〇〇万円の収入減が生じたと主張する。

しかし、右主張の裏付けとなる証拠は何ら提出されておらず(原告本人尋問の結果によれば、会計帳簿類は、いつたん保険会社に提出したが、返還を受けたか否かは覚えていないとのことである。)、右主張を認めるに足る証拠はない。

原告本人尋問の結果によれば、同原告は、昭和一〇年六月一〇日に生まれ、中学校卒業後、本件事故当時、あと一月足らずで五四歳であり、前記スナツクサルビアを経営し、一人暮らしであり、平成二年七月二五日の症状固定時五五歳であることが認められるところ、同事故の年である平成元年の賃金センサス第一巻第一表産業計・企業規模計・小学新中卒・女子労働者の五〇歳から五四歳までの平均賃金が二三四万一五〇〇円であることは当裁判所にとつて顕著な事実であるから、原告の年収は右平均賃金の程度であつたものと認めるのが相当である。

前記認定のとおり、原告は、本件事故による受傷のため、平成元年五月二〇日から同年八月六日まで及び同月二三日から同年一〇月八日まで医誠会病院に入院し、同月七日から同月二二日まで、同年一〇月九日から平成二年一一日まで、同年六月四日から同年八月一〇日まで同病院に通院(実通院日数八六日以上)し、平成二年七月二五日、労働能力を一四パーセント喪失して症状が固定したことが認められる。右経過をもとに原告の労働能力喪失の程度を判断すると、原告は、本件事故後、最後の入院日である平成元年一〇月八日までの一四二日間は、労働能力を完全に喪失し、その後症状固定日である平成二年七月二五日までの二九〇日間は、その五〇パーセントを喪失したものと認めるのが相当である。

したがつて、原告の休業損害は、次の算式のとおり一八四万一一二四円となる(一円未満切り捨て、以下同じ)。

2341500÷365×(142+290×0.5)=1841124

4  後遺障害逸失利益(主張額六七一七万八〇七九円)

前記のとおり、原告は、昭和一〇年六月一〇日に生まれ、事故当時あと一月足らずで五四歳であり、平成二年七月二五日の症状固定時五五歳であること、本件事故当時の原告の年収を評価すると二三四万一五〇〇円と認められるところ、弁論の全趣旨によれば、原告は、満六七歳まで稼働することが可能であったものと推認される。原告は、前記認定のとおり、本件事故による後遺障害により、労働能力の一四パーセントを右稼働可能期間喪失したものと認められるから、ホフマン方式により中間利息を控除し(一三年の係数から一年の係数を差し引いた数値)原告の後遺障害逸失利益の本件事故当時の現価を算定すると、次の算式のとおり、二九〇万七二八一円となる。

2341500×0.14×(9.8211-0.9523)=2907281

5  慰謝料(主張額入通院慰謝料二二四万円、後遺障害慰謝料四六一万円)

本件事故の態様、原告の受傷内容と治療経過、前記交通費の負担、後遺障害の内容・程度、職業、年齢及等、本件に現れた諸事情を考慮すると、原告の入通院慰謝料としては一五〇万円、後遺障害慰謝料としては二〇〇万円が相当と認められる。

6  小計

以上の損害を合計すると、八四一万二二〇五円となるから、これに本件事故により生じた治療費二〇八万四三二〇円(争いがない)を加算すると、損害合計は、一〇四九万六五二五円となる。

四  過失相殺類推(好意同乗減額)、損害の填補及び弁護士費用(主張額二〇〇万円)

1  前記認定のとおり、過失相殺を類推し、本件事故により生じた損害から二割を減額するのが相当であるから、減額すると、残額は八三九万七二二〇円となる。

2  本件事故により、五六〇万六七二〇円の損害が填補されたことは当事者間に争いがない。したがって、前記損害残額から右額を控除すると、残額は二七九万〇五〇〇円となる。

3  本件の事案の内容、審理経過、認容額その他諸般の事情を考慮すると、本件事故と相当因果関係のある弁護士費用として損害は二八万円が相当と認める。

前記損害合計に右二八万円を加えると、損害合計は三〇七万〇五〇〇円となる。

五  まとめ

以上の次第で、原告の被告に対する請求は、三〇七万〇五〇〇円及びこれに対する症状固定の日である平成二年七月二五日から支払済みに至るまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払いを求める限度で理由があるからこれらを認容し、その余は理由がないから棄却することとし、訴訟費用の負担につき民事訴訟法八九条、九二条を、仮執行の宣言につき同法一九六条一項をそれぞれ適用して主文のとおり判決する。

(裁判官 大沼洋一)

損害算定一覧表交通事故現場の概況 現場見取図

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